器用貧乏に待つ哀れな終着点、器用貧乏には絶対になってはいけない

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器用貧乏と、いう言葉がありますが

これは、次のような意味になるそうです

「器用であるために、あちこちに手を出すことで、どれも中途半端となって大成しないこと、また器用な為に他人から便利がられてこき使われてしまう為に、自分ではいっこうに大成しない事」

学生の頃から器用貧乏だった私

器用貧乏といえば学生時代の頃の話になりますが私は小さな頃から、わりと手先が器用な方でしたので

友達が、簡単には出来ないような細かな作業が楽に出来たり、ちょっとした物の修理も頼まれればすぐに直してやるなど、そんな感じで学生時代を過ごしていたのですが

やはり何か物事を頼まれて頼りにされてみたり、難しい事でも自分が代わりにやってあげたりすると

友人からは「凄いね!」と褒められたりしますので、ますます調子に乗って本当は少し無理をしないと出来ないような事でも

相手から褒められたい一心で、頼まれれば何でも簡単に引き受けたりしていました

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器用貧乏は実はメリットではなかった

そして、その性格は社会人になっても、そう変わる事はなく、よほどの事がないかぎり人の役に立つことを優先的に毎日の生活を過ごしていたのですが

確かに会社内では何でも器用にこなせる為に、様々な場面で重宝されているのは自分でも良く分かっていましたが

そのうち自分自身にとって、これは全くメリットになっていないんじゃないか?という疑念が少しづつ沸き出して来るようになったんです

よくよく考えてみると他人が何か問題を抱えていた時に面倒で本人がやりたくない事を私の方に全部丸投げして、任せた本人は楽をしているだけ?そんな風に周りが見え出してきたんです

そう考えながら周囲を注意深く人間観察していくうちに、社会のなかで大成されている方に限って

ほとんど自分でやらなくてはならない事などを、周りの人達に丸投げしている方が非常に多い事に気が付きました

そして、それとは全く正反対で自分がやらなくてもよい事を、優しさや良心から全て背負って丸々肩代わりしている人に限って

毎日こき使われているばかりで大変な苦労をしているにもかかわらず、それに見合った十分な報酬や社会的な立場などが全く反映されずにいる人が多い事にも気が付いたんです

私は、ただの「便利屋さん」だった?

しかし、私がその事実にたとえ気が付いたとしても、その当時私が勤めていた会社の仕事内容自体が、人の痒い所に手が届くような事を優先的に行わなくてはならない部署での仕事でしたので

その職場は本当に、ここまでやるのか?と思えるほど情けないくらいの便利屋さんだったんです

どれくらい情けないかという事を少しだけ例を挙げて話しますと、例えば他の部署がら電話で呼び出しがあったとしますよね、そしてわざわざその部署まで行き何を頼まれるのかと思えば

「この紙を廊下の壁に貼ってきてください」という仕事の依頼なんですわ?

しかも、その呼び出しがあった部署の入り口を出て、ほんの数メートル先の十分に手の届く場所にある壁にですよ、それくらい自分で張るのが当たり前だろうって感じなんですが(笑)

さすがの私も、すぐ上司に連絡をして「ここまで関係のない他の部署の雑用をやる必要があるんですか?」と電話で確認をした所

「すまんが、それもやっておいてくれ」と上司からの指示・・

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実は、この上司こそが私たちが働いている部署が便利屋さんとして、裏では皆から失笑されるようになった原因の張本人だったんです

この上司を一言で表すのなら、まさに「器用貧乏」そのもの

立場こそ私たちの部署では一番上な訳ですが、他の部署から見たその上司は情けない事に

「誰にでも尻尾を振って何でも言う事を聞く、従順な飼い犬」といったような見方をされていました

で、結局その上司が引き受けた仕事とも呼べない余計な仕事は、上司自身もタダ働きの休日出勤をするなどして、なんとか頑張って対応はするのですが

やはり誰から見ても、それは無理があり結局部下に、しわ寄せが来るは、おまけに突然キレて発狂したりするものですから部下にしてみれば本当に、たまったものではありませんでした

ただ私としましては、その上司のせいで、やりたくもない仕事を無理矢理やらされていると言った考え方は一切なく逆に、そんな会社を選んで実際は情けないほどの便利屋さんとして、こき使われながらも

そこで仕事をするしか生きる術や能力を持たない、自分自身への不甲斐なさだけを強く感じるようになってきたんです

結果的に、ただの便利屋のような職場を選んでしまったのは、他の誰でもないこの私自身でしたので、そこはしっかりと自覚した上で最終的にケジメをつけて長年勤めてきた、この情けない職場を私は後に去って行くことになります

器用貧乏を長年続けてきた結果、襲い掛かる恐ろしい現実

そして私が、その会社で長年器用貧乏を続けてきた事で得た収穫と言えば、その情けない職場に見合うだけの雀の涙ほどの給料と退職金・・

10数年以上勤めて渡された退職金は、なんと僅か60万円ほど・・ 信じられないかもしれませんが、これは話のネタではなくて現実の事なのです

私は退職し無職になりましたが今まで勤めてきた会社では、ずっと役職も付かず生活保護と同程度の安月給でしたので当然貯金はゼロ・・

おまけに、そんな低年収の状態で結婚してくれる女性など一人もいるはずもなく「器用貧乏をずっと続けてきた現実の恐ろしさ」を、仕事を退職した後に恐怖として直で肌で感じました

しかし器用貧乏で生きて行く事が、結果的にどのような未来を現実化させるのかを嫌というほど味わった経験から、できるだけ器用貧乏になりにくい職種の仕事を初めから選んで今の会社に就職をしたんです

今では以前のように器用貧乏にはなっていませんが油断すると、つい親切心から他人の為に余計な仕事までやってしまいそうになりますが、そこはグッと我慢するようにこらえています

たとえ嫌われてでも、そう行動しなければ本人の為にもなりませんし、もちろん昔のような器用貧乏で苦しい思いをするのは、もう懲り懲りですから

今では会社で責任者という立場なのですが、たとえ簡単にこなせる仕事であったとしても、そこは心を鬼にして部下に仕事をキチンと遂行させるようにしていますし

私自身も他の部署や、たとえお客様から余計な仕事を頼まれたとしても責任者として毅然とした態度で余計な仕事は一切引き受けず私も、そして部下も器用貧乏にならない為に関係のない業務は断固として受け付けず拒否をしている状態です

しかし正直、そんな対応だと経営者などの上からの圧力は相当きついですが、そんなこと私の知った事ではありません

いつぞやの上司のように、私は従順な飼い犬になるつもりは一切ありませんから

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