人の善と悪の判断は、持っているお金の量によって実は支配されている

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私は幼い頃、ひどく貧乏な家庭で育ちました

ガチャガチャは悪いこと?

そんな子供の頃、学校の帰り道に小さな商店があり店の前にガチャガチャが何台か置いてありました

私はケースの外から、そのガチャガチャをのぞき込んではカラフルなカプセルから少しだけ見えている中に入ったオモチャを眺めたりするのが好きでした

しかし、そんな幼い頃の私はガチャガチャを外から、ただじっと覗き込んでいるだけで実際にやる事は、ほとんどありませんでした

その理由は子供の頃の私は、ガチャガチャをするのにお金を使うことは「してはいけない悪いこと」だと思っていたからです

私の家は他の家庭よりも間違いなく貧乏でしたので、なにか欲しい物があったとしても母親から「もったいない、うちはにはそんなお金がない!」と、小さい頃から欲しいものを買ってもらえることは、ほぼありませんでした

ただ、オモチャをほとんど買ってもらえなかったことで、唯一何個か買ってもらったものを大人になった今でも、買ってもらった時の様子を鮮明に頭に思い浮かべる事が出来ます

大好きだった恐竜がたくさん載っている恐竜図鑑や、戦艦大和のプラモデル、好きだったヒーローものの合体するロボットのオモチャなど(笑)

本当に小さい頃に買ってもらったものはそれくらいで、恐竜図鑑などは擦り切れるほど読んでいた事を今でも覚えています

全く同じ出来事が、お金のある、なしで「良い事」と「悪い事」に変化していく

私がこんなことを書いているのは子供の頃、家庭が貧しくてガチャガチャをすることが悪い事だと感じていたように、ただ単に十分なお金が「あるのか」、「ないのか」だけによって

全く同じとも言える出来事が「良い事」と「悪い事」の、どちらかに変化していくことに当たり前の事ですが最近気が付いたんです

お金がないと不安な事ばかり増えていき、お金があると幸せな事ばかり増えていく

私はここ数年前まで、会社では責任者に抜擢され給料にも余裕があり、余ったお金で高級車や区分マンションを買ったり、小さいですが産業用の太陽光発電投資もやり始め、株式もやったりすることなど

決してお金持ちと言えるほどのレベルではないのですが、貯金は毎月十分できていましたし余ったお金で旅行に行ったり美味しいものを食べ歩いたりすることなど普通に生活するお金に関しては、ほとんど心配がないような生活を送れていました

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しかし、それは去年までのお話し・・

今年に入ってからは仕事を辞めた影響もあり、ジワリジワリですが自己資産が減ってきているなという事は分かっていることでしたし一体どれくらいぶりでしょうか?、毎月少しづつ貯金を切り崩していく生活の方に経済状況が転落したのは

確かにすぐすぐ困るような状態ではない事は頭では分かっていますが、お金が少しでもマイナスの方に減っていくというのは、心理的に自分が思っていない影響があるものだなと最近つくづく感じている所です

ほんの少しの無駄使いに過敏に反応してしまう私

例えば普通に家にいる時、以前では気にもしなかった「部屋の電気やエアコンの消し忘れ」「妻の携帯の料金」「いつもより少しだけ高くなっただけの水道光熱費や、ガソリン代など・・」その他様々なお金がかかる事に対して以前では全く感じる事が無かった

ほんの少しの無駄遣い?

このようなものに過敏に反応するようになってしまっているんです

例えば妻がほんの少しだけ水道の蛇口から出ている水を止めるのが遅かったりするのを、たまたま見かけただけで、以前では別に何も悪い事でも何でもなかったことなのに

今では、ちょっとだけ「早く水止めてよ!」と心の中で感じるようになり、そんなつまらないことでも「なんだか悪い事や嫌悪感・・?!」の方に物事を捉える事が多くなってきたんです

しかし、以前の私と今の私との変わった所と言えばただ単に経済状況、つまり単純に「お金の量」たったそれだけ・・

変わったのはたったこれだけのことです、なのになぜ?以前なら悪い事に感じなかったことが、今では悪い事のように嫌悪感まで感じるようになってしまったのでしょうか?

今年も税金の支払いがたくさん来ました、以前なら「なんだ税金か~じゃあ一回でまとめて払っておくか(笑)」たったこれだけで済むことだったのに今年はそうではなくて

「税金、税金って?一体いくら払えば気がすむんだ!」と税金が以前とは正反対の「悪」に変化してしまっているんです

家の電化製品も、今年は立て続けに何台も壊れ続けていて以前ならば「まぁ、古くなっていたから買い替えるのに丁度いいんじゃない~(笑)」で逆に家電が新しくなってラッキーというような感じだったのに今年は

「は~っ、また故障?、これで何台目だよ、もう頼むから壊れないでくれよな・・」そう考えているセコイ自分に変化していることに嫌でも気が付いたんです

お金が十分あるときにはこのような事があっても、気にもならないし逆にラッキーな出来事だったはずなのに・・

このように十分なお金が少なくなってくることにより身の回りの良い事よりも悪いことの比率の方が、お金が無い事によって高くなっていってしまう、このような嫌な状況を恥ずかしながら今年の私は経験をしております

しかしこれは見方を変えれば私にとって、お金の本質が見えてくることにより、逆に今よりも経済的に飛躍できるチャンスかもしれないと個人的にはそのように捉えています

このブログを読んで下さっている読者の方に今の私の現状を話しましたが、いつかきっと経済的にも良い報告が出来るように、これからもベストを尽くしてやっていきます

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