人生嫌な事から逃げる方がいい、迷惑なのは「逃げる事から逃げる人」

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逃げ続けてきた私の半生

私は今まで生きてきた中で自分が嫌だと感じる事があると、しばらく我慢することはあったとしても結果的には

その嫌だと思っている物事から逃げ続けてきたタイプの人間だと思っています

これって普通に考えたら、ダメな人間ですよね

そんなことで人生様々な嫌だと思う事から逃げ続けてきた私が、「その時、本当に逃げた方が良かったのか、逃げない方が良かったのか?」

その後、実際に変化していった人生を後になって振り返ってみても結果は、ほとんどの場合・・

「あの時、逃げていて本当に良かった」

そのように感じる事の方が、ほとんどでした

なぜ逃げずに我慢するのか

そして私には世の中の大多数の方々に向けて、ある一つの疑問があります?

「なぜ、多くの人は嫌な事があっても、そこからすぐに逃げようとはせずに我慢する事の方が多いのでしょうか?」

私が知る限り今まで見てきた人間以外の生き物は鳥も魚も虫に至るまで大概の生き物は、不快な出来事に遭遇すれば可能な限り全力の力を出して、そこから脱出しようと試みます

そして、それは生物が生きていくために必ず必要な能力であり、もしその能力が無かったとしたら大抵の生き物は外敵などに襲われるか、逃げ遅れて環境の変化に適応できずに生き延びることが不可能になってしまうことだってあるでしょう

それなのになぜ人間だけは、そんな不快な環境をあえて我慢し続けて逃げようとしない事が多いのか?

確かに世の中には我慢して逃げてはいけない時があります、しかしそれは自分の将来の為、「戦略的に状況を把握」しながら「この時だけは逃げずに、あえて我慢する」と決めるこのような時の「逃げない」ということは将来良い結果に繋がると思いますが

関連記事→一度逃げた困難がどこまでも追ってくる、その本当の理由を教えます

ただ意味もなく我慢して逃げることはせずに周囲の反応ばかりを気にするあまり、意味もない我慢をただ毎日延々と続けている・・

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このような人は、自分は我慢が出来て逃げることはしないので「自分は嫌な環境から逃げない事で周囲から認められでいる、我慢強くて偉い人間なんだ!」と思っていますが、このような面倒な人の事を私は

逃げる事から逃げる人

と、勝手にそう呼ばせてもらっています(笑)

このように、なにかにつけ言い訳をして嫌な事から逃げない人の場合「逃げることは人間として恥ずかしいことだ」と、物心ついた頃から教えられて育ったことが原因ではないのかと考えています

子供の頃何か嫌な事があって、それを辞めたいんだと親や学校の先生などに相談してみたとしても・・

「それくらいの事でメソメソして逃げ出したりしたいたらダメよ、もっと頑張らないと」とか

社会人として働いている大人であれば

「せっかくここまでやってきて仕事を辞めるなんてもったいない・・あと三年くらいは我慢してやってみれば?」などと

途中で嫌な事から逃げ出して物事を辞めてしまう事は恥ずかしいし事であるという、そのような考え方が世の中の根底にあるように私は感じます

しかし私の考え方は自分が本当に嫌だと感じる事であれば中途半端に我慢するのではなく、出来るだけ早く嫌な事から撤退する方が健全な考え方だと思うんですよね

私自身、実際に「嫌な事からは当然のように堂々として逃げる」そのような行動が出来るようになってからは他人の事など全く気にせず自分の心に正直に生きながら

危険で嫌な事が起こりそうであれば前もってすぐに逃げてしまうか、その時が来たら素早くそこから離れられる準備を前もってやっておくことなど

とにかく自分にとって不利益になりそうなものには極力近づこうとはせず、自分にとって気持ちの良い環境だけで生活が出来るように自分をそこまで持っていく努力を怠らないようにするようにしました

すると不思議なもので逃げたからといって、あとで何かしっぺ返しが起こるわけでもなく、「嫌な事があったら、可能な限りその環境から逃げるための努力と決断を素早くする」

この考え方の方が実は人生が上手くやって行くための大事な心得だったんだといった事に、だいぶ大人になってから気が付きました 

あなたは必要な時に、自分が本当は嫌だと感じている環境から

ただ勇気がなくて、そこから本当は逃げ出すことの出来なくなっている

逃げる事から逃げる人に、なっていませんか?

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