楽しかった思い出はつらいもの、大切なのは楽しい未来を考えること

スポンサーリンク

子供の頃、親に遊園地に連れて行ってもらった事がありました、地元の小さな遊園地なんですが数年に一度くらいだったでしょうか

子供の頃の私にとって遊園地に連れて行ってもらえる事は、それは飛び上がるほど嬉しい出来事でした

神様に、いつもお願いしていた事

そして遊園地に行く何日も前から、毎晩眠りにつく頃になると何度も何度も布団の中で神様に、こうお祈りをしていたんです

「神様、どうか遊園地の時間が、ずっと続きますように・・」と

しかし、楽しかった遊園地での時間は、あっという間に過ぎてしまい、また次の日から学校に行かなくてはなません

「僕が、あんなにお願いしたのに・・ 神様は、なんで意地悪なんだろう」と、そんな事を考えたりしていましたね

これは私が子供の頃の記憶になりますが、あれから何十年も経ち大人になって改めて感じたことは大人になった今でも、そのような気持ちには、あまり変化がないということ

もちろん寝る前に神様にお願いをすることは、もうさすがにやりませんが(笑)

楽しい思い出はシャボン玉のように、すぐに消えてなくなる

話は変わって現在、単身赴任中の私は、つい最近家に帰って妻と子供達と久しぶりに会う事が出来ました

ほんの短い時間でしたが、近くの公園へ行って、ただ一緒に過ごした、ただそれだけのことでしたが私にとっては、まるで子供の頃の遊園地の時間のような、そんな気持ちでした

ベンチに妻と二人腰掛けながら子供が遊具で遊ぶ姿を、ただずっと眺めている

本当に、なんてことはない時間でしたが妻の横顔を気付かれないように、そっと見つめながら

「この一瞬の時間を大切にしよう」

そんな事を思ったりしました

そして今、私は単身赴任先に戻り、今こうしてブログを書いていますが、あの家族で過ごした夢のような時間は今ここにはありません

小さなアパートの部屋に私が一人いるだけです、子供の頃の私だったら、こんなふうに考えたことでしょう

「僕が、あんなにお願いしたのに・・ 神様は、なんで意地悪なんだろう」と

あわせて読みたい記事→二度の単身赴任から学んだこと「夫側の辛い単身赴任生活の乗り越え方」

人生の楽しかった思い出は、まるでシャボン玉のようだ

「人生の楽しかった思い出は、まるでシャボン玉のようだ」、私が時々感じる事です

スポンサーリンク

シャボン玉は口で吹いてから空に次々と虹色に飛んでいく、あの瞬間こそがシャボン玉であり

後でいくらその時の事をリアルに思い浮かべてみたとしても完全には、その時と同じような楽しい気持ちにはなれません

むしろ、思い出が楽しければ楽しかったほど後になって思い出すことで、余計に寂しさや空しさの感情が湧いてくるものなのです

嫌な思い出も、楽しかった思い出も頻繁に思い出すことは避けるべき

人生を、楽しく生きて行くために「嫌な思い出」を思い出すことは、あまりやってはいけない事だと誰もが感じている事ですが

その反対である「楽しかった思い出」も実は、あまり思い出してはいけない事になります

楽しかった思い出を、また後で思い出すという事をやってしまう大抵の理由は

「自分が、今この瞬間の人生を楽しんでいる状態ではない」

ことの方が圧倒的に多いからなんです

あわせて読みたい記事→過去が気になる過去を考えすぎて苦しい人は、どう生きればいいのか?

私が冒頭でも話をしました楽しかった遊園地の思い出のことですが、例えば子供の頃の自分が学校で遠足に行く事が決まっていたとしましょう

遊園地と同じように遠足に行く事も、子供の頃の楽しかった思い出の一つで遠足に行く事を考えている時には当然ですが、あの楽しかった遊園地の事などすっかり忘れてしまっています

だって遠足に行く事で頭の中かいっぱいになってワクワクしていますから、遊園地の思い出なんて、その時には思い出すこともないんですよ

おそらくですが、皆さんも楽しかった記憶を思い出したりしている時は大抵の場合

仕事や学校に行く前の、ほんの少しの空き時間などに考えてしまう事が多くはありませんか?

もしそうだとするならば、その理由としては、ただ一つしかありません

「あなたが今、この瞬間の人生を楽しんでいない状態だから」

楽しかった過去を思い出すのです

これが旅行に行く前のように今、ワクワクして瞬間の人生を楽しんでいる時には

過去の楽しかった思い出の事など、思い出す必要がありませんよね

人生の楽しかった思い出は、シャボン玉と同じようなものだと考える

過去の楽しかった思い出を思い返す事で、寂しさや虚しさを感じてしまう事よりも

これから起こる、または起こそうとあなたが考えている物事だけを考えて

楽しい気持ちを出来るだけ持ち続けられる方が、人生にとって一番良いことなんです

シャボン玉の遊びのように、割れて消えてしまったら、また吹いてシャボン玉をどんどん作っていけばいいことなんです

そしてまた割れてしまえば、また新たに綺麗なシャボン玉を作ればよいだけの事

決して、シャボン玉を作っている時の事を思い浮かべているだけでは、本当の楽しい気持ちは生まれてきません

シャボン玉を吹いて未来を作り出すことを考えて行くのです

大切なのは楽しい未来を考える

そのようなことなんです

あなたへのおすすめ記事→人生ワクワクを優先して生きると願いが叶うのは、やはり本当だった

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする